焼き入れ

当店では、武生特殊鋼材のステンレス鋼vg10 の焼入れを行なっている。

150mmのペティーナイフから300mmの牛刀まで、さまざまなサイズの刃物を電気炉を使い1丁づつ焼き入れする。

vg10 の組成は1C15Cr1Mo1.5Co0.3Vとなっており、焼入れ温度は1050℃〜1100℃(空冷、油冷)、HRC60以上の硬さになる。

通常、ステンレス鋼は大量のクロムが添加されているため、組織の大きい炭化物が多くなる。この炭化物は硬く、耐摩耗性に優れているが、刃物の刃先先端部では刃を鋭くするのを妨げるたり、マルテンサイト組成からの脱落を起こしやすい。

vg10 はCo(コバルト)を1.5%添加することで、焼入れ後のマルテンサイト組成の素地が強化されており、炭化物の脱落を防いでいる。さらにV(バナジウム)を添加して、炭化物を微細化することで、刃物に必要な鋭い刃先を作れるようになっている。

炭素鋼の焼入れ温度は800℃程だが、ステンレス鋼のvg10 は多くの合金元素を個溶させる必要があるため、250℃ほど高い1050℃度で数分間保持しなければ、本来の性能を発揮できない。また、1100℃を超えるとオーバーヒートになり、硬さの低下や組織の脆化が起こる。

冷却時はステンレス鋼は焼入れ性が良いため、冷却速度の遅い空冷でも焼きが入るが、900℃〜500℃の温度領域は急冷しなければ、クロムの炭化物が結晶粒界に析出し、鋭敏化が起こるので不動態皮膜を形成するクロムが欠乏して、粒界腐食の原因になる。粒界腐食はステンレスの耐食性を著しく低下させる。

vg10 のような高炭素系ステンレスは焼入れの冷却が常温まで進んでも、マルテンサイト変態が完了しないので、残留オーステナイトが多く存在している。残留オーステナイトは硬さの低下や置き狂いの原因になるため、マルテンサイトに変える必要がある。

焼入れ直後に0℃以下の温度まで冷却する作業をサブゼロ処理という。当店ではマイナス60℃の冷却を行なっている。

その後、約180℃で焼き戻しを行い、HRC61程度で仕上げている。

焼入れの良し悪しは加熱温度、保持時間、冷却速度、冷却温度、焼き戻し温度などのパラメータのバランスで決まる。温度ムラをなくし、冷却速度を均一にするため、当店では手間はかが一丁づつ焼入れを行なっている。

一度に大量の焼入れを行なった場合、炉に入れる包丁の配置やヒーターの昇温速度の差から加熱ムラや、冷却ムラが起こりやすく、温度設定が高めで、保持時間が長くなり、冷却速度が遅くなる傾向がある。

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